近年、企業の採用において、従来の「IQ(知的能力=学力)」中心の評価から、「EQ(感情知能)」を重視する傾向が顕著になってきた。
これは単なる流行ではなく、現代のビジネス環境であるVUCAの時代とこの時代における人材マネジメント戦略の本質的な変化によって引き起こされている。
IQとは何か?
IQ(Intelligence Quotient)は、いわば学力、たとえば漢字や慣用句、計算問題などによる試験と、頭の良さを見る数的推論や言語理解、
論理的思考力を含む知的処理能力の指標である。問題解決や処理速度といった認知的な強さを測る尺度として長年重視されてきた。
日本では、SPIや玉手箱のような新卒採用試験も、まさにこのIQ要素に焦点を当てた診断ツールが主流である。
「適性診断の比較」でSPIや玉手箱の解説をしています。
EQとは何か?
一方、EQ(Emotional Intelligence Quotient/感情知能)は、自分や他者の感情を理解し、適切にコントロールしながら人間関係を円滑に進める力を指す。
いわゆる学力では測れない能力で、人との向き合い方や気持ちの扱い方、状況に応じて動ける柔軟さなど、「人となり」や「ふるまいの質」に関わる部分です。
これらは、テストの点数には表れない、現場対応力や人間関係のつくり方、困難にどう向き合うかといった要素こそが、実際の職場では求められています。
具体的には以下のような能力を含む。
- 自己認識
- 動機付け
- 共感力
- 対人対応力
① EQ重視が高まっている3つの背景
まず、時代背景を以下の3分類で説明します。
- 背景1. 組織成果は「人間関係の質」で決まる時代
- 背景2. VUCAの時代
- 背景3. 多様性と共創の時代
背景1. 組織成果は「人間関係の質」で決まる時代
なぜ今、人間関係が重視されるのか?
このテーマは昔からある定番の投げかけです。しかし、この意味は随分と進化しています。それは、
現代の企業における成果は、もはや優秀な個人の活躍だけでは限界です。個人の能力やスキルだけで達成できるレベルではない時代になっているからです。
そのため、多くの企業の課題として、クリエーションとイノベーションの停滞、離職率の上昇、メンタル不調、多様性への対応、個人のパフォーマンスではなく、
チームや職場の「人間関係の質」に起因するテーマになったからです。
特に知的生産の労働やプロジェクト型の業務が中心となった今日では、「どれだけ優秀な人がいるか」ではなく、「どれだけうまく協働できるか」が成果に直結しています。
つまり、職場の人間関係そのものが、企業競争力を左右する時代になったのです。
現在、多くのグローバル企業では、生産性の土台となる感情のインフラは必須になっています。
こうした環境で注目されているのが、心理的安全性(Psychological Safety)という概念が急に脚光を受けています。
これは、米国組織行動学者エイミー・エドモンドソンによって提唱されたもので、「自分の考えや疑問を安心して発言できる雰囲気がある状態」を指しています。
Googleが行ったプロジェクトでは、「成功しているチームに共通する要素」として、知識やスキルではなく心理的安全性の高さが最重要であると分析しています。
つまり、社員が「こんなことを言ったら否定されるかも」「叱られるかも」と萎縮するような職場では、本来のパフォーマンスが発揮されないということです。
そして、この安全性を担保する鍵こそが、EQ能力です。たとえば、共感力、感情理解力、対人関係構築力などがあります。
さらに、チームで成果を上げる方法論に、成功循環モデルがあります。
これは、心理的安全性とEQの関係を、米国ダニエル・キムの「成功循環モデル」でさらに可視化しています。
このモデルは、成果の背後には順序立った4つの循環があると示す。
- 関係の質(Quality of Relationships)
- 思考の質(Quality of Thinking)
- 行動の質(Quality of Action)
- 結果の質(Quality of Results)
ここで最初に介入すべきとされているのが「関係の質」であり、これを支えるのもEQ能力です。
EQが高い人材は、感情的な衝突を抑え、相手の立場を理解し、丁寧な対話ができます。
そうした人がチームにいると、対話の質が高まり、チーム思考が深まり、行動が変わり、最終的に成果が上がるという正の循環が回り始める。というものです。
これは、成功しているチームと成功できないチームの実際の現地分析によるリアルなモデルです。
背景2. VUCAの時代
現代のビジネス環境は、しばしば「VUCA時代」と呼ばれています。「正解がない時代」とも呼ばれており、この時代に必要な能力について考えてみます。
まず、VUCAの意味を確認しておこう。これは以下の4つのキーワードの頭文字をとったものです。
このコラム以外にもVUCAの意味は説明していますが、再確認しておきます。
- V(Volatility)変動性:状況が激しく揺れ動く
- U(Uncertainty)不確実性:先が読めない
- C(Complexity)複雑性:要素が絡み合っている
- A(Ambiguity)曖昧性:原因と結果が見えにくい
参考リンク:
Wikipedia: VUCA
こうした環境では、「正しい答えを知っていること」よりも、「答えのない状況でどう行動するか」が問われます。
すなわち、誰も経験したことのない事態に直面した場合、過去の事例や知識よりも、不安に向き合い、柔軟に思考を切り替え、他者と対話しながら前に進む力が重要となります。
そしてこの力の土台こそが、EQとなります。リーダーシップ能力やコミュニケーション能力、調整力、危機管理能力などが問われます。
現代の職場では、上司や顧客からの厳しいフィードバック、予算削減、プロジェクトの突然の中止、合併や事業撤退など、予期しない困難が次々と訪れる場面が多々あります。
こうしたときに必要なのが「レジリエンス(感情的回復力)能力」です。
レジリエンスは、単なる精神力ではありません。
EQの中でもとくに「自己管理」「動機づけ」「感情調整力」が高い人ほど、落ち込んでも回復が早く、他責ではなく次の行動に移れるという特徴があります。
VUCAの時代では、変化をコントロールすることはできませんが、自分自身を整えること(=内的安定性)はEQによって可能となります。
しかも、自身を変化させる能力も求められるように高度化しています。
これが、自己変容力です。
これまでの人材育成や組織開発では、「変化に対応できる柔軟性」が評価されてきました。
たとえば、「方針が変わっても指示に従える」、「業務の変更にもすぐ対応できる」といった適応力が重視されました。もちろん今も重要で必要な能力です。
しかし、VUCAの時代においては、“変化に対応する”という受動的な柔軟性だけでは不十分な時代になりました。
変化が一時的ではなく「常態化」している今、単に対応するだけでは、次々とやってくる新たな状況に追い付けなくなってしまうからです。
つまり、変化に後からついていく人材ではなく、「自ら変わり続けることができる人材」が、これからの企業や社会に必要不可欠となってきました。
背景として、ビジネス環境の更新スピードが「人の進化」を上回っています。
たとえば、テクノロジー、ビジネスモデル、働き方、顧客の価値観。すべてが1〜2年単位で変化しています。
特に、生成AIの登場により、数年前まで常識だったスキルがすでに陳腐化しているように、「環境の変化スピード」に人材が追いつけていないという深刻なギャップが起きています。
加えて、リスキリングも重要になっています。
さらに、これまでのリーダーシップや課題解決は、「過去の成功体験」を再現する形が基本でした。
しかし、現代の問題-たとえば、リモートワーク時代のチーム作り、多様性を活かした組織運営、持続可能性と収益性の両立-には、前例がありません。誰も経験したことがありません。
前例がなければ、従来の自分の枠組みや正解パターンが通用しません。
すなわち、ここで求められるのは、「私はこのやり方でやってきた」という自分の固定観念や行動様式を自ら手放し、試し、学び、概念を書き換える力が求められる時代です。
自己変容力は、誰もに求められるコンピテンシーのひとつになっています。
背景3. 多様性と共創の時代
現代の職場には、年齢、性別、国籍、価値観、働き方、専門性の異なる人々が共に働いています。いわゆる多様性(Diversity)の時代に突入しています。
しかし、本当の意味での組織の力は、「多様な人がいること」ではなく、「その違いを活かして協働できること」、すなわちインクルージョン(Inclusion)の質で決まります。
日本企業には、いまだに「多様性=女性の活用」と本質を全く理解していない経営者も少なくありません。
本来の多様性を“共創”に変えるには、「違いを乗り越える意見交換」が不可欠です。と言うことは議論はしません。ましてや、ディベートは凶器であると言う認識になりました。
この共創に不可欠な対話・意見交換の基盤となるのが、EQ(感情知能)です。自分の意見と真逆の意見を知り、それを理解することはこれまでの対話ではありませんでした。
EQの低い人材の組織では、意見の違いは、「何となく気まずい」、「何とか対立を避ける」、「忖度が必要」など、沈黙や誤解が積み上がり、表面的な協調に留まる組織でしょう。
一方、EQの高い人材がいる組織では、「違いを恐れずに話せる」、「視点を変えて前向きに考えてみる」といった本質的なコラボレーションが成立する組織でしょう。
共創には、まず共感力、違いを理解し、否定しない力が基本的な条件となります。
共感力とは、相手の立場や感情を“自分の視点ではなく、相手の視点から”理解しようとする能力です。これは、「理解しようとする姿勢」のことであり、相手にとっての“安心”の源となります。
多様性のある職場では、以下のような場面が日常的に発生する。
- 相手の発言の背景にある価値観が、自分とまったく異なる
- 文化や言語の違いにより、表現にズレがある
- 同じ情報でも、受け取り方がまったく違う
こうした場面で、共感力がない人は、「なんでそんなふうに考えるの?変だよね」、「それ、おかしくない?」と即座に否定したり、自分の基準で決めてしまいます。
一方、EQの高い人は、「なるほど、そういう考え方もあるんだね」と、一度受け止めることができるのです。この「共感」こそが、共創の前提であり、多様性を活かす鍵と言われています。
時代背景で最後に、人材マネジメントの変化があります。それが、タレントマネジメントです。
現代は、VUCAな経営環境に加え、リモートワーク、オンライン会議やオンライン研修、オンライン商談、グローバル化の加速、多様性(D&I)の拡大、定年による再雇用制度、年上部下に年下上司といった変化要因により、
従来型の人事管理では限界が見えてきました。
企業にとって人材は、単なる「労働力」ではなく、「競争力の源泉」として捉えられるようになっています。こうした背景のもとで登場したのが、タレントマネジメントという考え方です。
タレントマネジメントとは、「タレント=才能・資質」を持つ人材を見つけ、育て、活かし、つなぎとめるための一連の戦略的な人事活動を指します。
単なる人材管理(採用・評価・配置)ではなく、中長期的に組織を強くするための人材投資そのものであり、現代の人材マネジメント戦略の中核とされています。
その中で注目されているのが、以下のようなタレントマネジメントの“質”を高める力です。
- EQ(感情知能):人間関係の構築力・自己認識・感情コントロールができる人材を見極め、育てる。
- ポテンシャル発見:過去の実績だけではなく、「今後伸びる可能性があるか」を多面的に評価する仕組み。
- 心理的安全性のある育成環境:安心して学び・挑戦できる職場風土を整備する。
- 戦略的人材配置:組織目標と人の強みを一致させる“適所適材”の運用。
② 実際の採用現場の変化
現在、多くの企業が以下のようなアプローチを取り入れ始めています。
- EQ的資質を見る面接質問(例:「最近イラっとした場面と対処方法」)
- 対人対応シナリオを含むアセスメントセンター
- 職場適応・協調性・感情耐性などを評価する性格診断テスト
- チームでの協働スキルを観察するグループワークの導入
つまり、「論理的に正しい人材」ではなく、「感情的にしなやかで共感的な人材」が、現場で重宝されるようになってきたという構造的変化が起きています。 そのため、EQ検査を取り入れた性格診断テストも取り入れ始めました。簡易的な検査ではなく、 職場適応・協調性・感情耐性を測る性格特性テストの導入です。これらの検査とは、個人の性格傾向や行動スタイル、対人特性、感情的な反応パターンなどを測定する心理測定ツールです。 これらの検査は、採用選考にも、その後の配置・育成・リーダー開発・組織改善の場面でも広く用いられています。 特に近年注目されているのが、以下の3領域に関する特性です。
- 職場適応:職場環境や業務変化、人間関係の摩擦などに対して、柔軟に適応し、自らの行動や考え方を調整できる力。
測定される特性として、柔軟性(Flexibility)、ストレス耐性(Resilience)、業務への積極性(Initiative)、環境変化への受容(Openness to Change)があります。 - 協調性:他者と良好な関係を築き、協力しながら目標を達成しようとする傾向。
測定される特性として、チームワーク志向(Team Orientation)、対人配慮(Empathy)、他者尊重(Respectfulness)、衝突回避傾向(Conflict Avoidance)があります。 - 自己コントロール能力:ネガティブな感情(不安、怒り、焦りなど)への耐性や、自らの感情をコントロールする力。 測定される特性として、情緒安定性(Emotional Stability)、プレッシャー下の冷静さ(Pressure Tolerance)、フラストレーション耐性(Frustration Tolerance)、 自己制御力(Impulse Control)があります。
これまで主流だったIQ重視のテストからEQ重視テストへ移行が始まっていますが、完全にIQテストがなくなることはないでしょう。
企業としても、基本的な学力確認、知的処理能力は必要だからです。
経団連の「企業の求める人材像」の2022年アンケートの中に、大卒者に特に期待する資質・能力・知識の資料があります。
特に期待する資質として、回答企業の約8割が「主体性」、「チームワーク・リーダーシップ・協調性」を挙げています。
出典:経団連の「企業の求める人材像」の2022年アンケート